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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)3411号 判決

原告 岡部謙三

被告 安藤義照 外一名

一、主  文

被告等は各自原告に対し東京都杉並区井荻三丁目四十八番地所在木造瓦葺平家建一棟建坪十九坪五合を明渡し、かつ昭和二十四年二月十八日より同年五月三十一日までは一箇月金百六十八円七十五銭の割合で、同年六月一日より同二十五年七月三十一日までは一箇月金二百七十円の割合で、同年八月一日より、右建物明渡済に至るまで一箇月金七百三十円五十銭の割合による金員を支払え。

原告のその他の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

本判決中原告勝訴の部分は被告等に対し金五万円宛の担保を供託するときは仮に執行することが出来る。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告等に対し主文第一項表示の建物の明渡し、及び昭和二十三年九月一日より同年十月十日までは一箇月金六十七円五十銭の割合、同年同月十一日より同二十四年五月三十一日までは一箇月金百六十八円七十五銭の割合、同年六月一日より同二十五年七月三十一日までは、一箇月金二百七十円の割合、同年八月一日より右建物明渡済に至るまで一箇月金七百三十円五十銭の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として次の通り述べた。

主文第一項掲記の建物は、もと岩崎吉五郎の所有に属し、被告安藤は昭和十三年二月頃より右建物を吉五郎から賃料一箇月金二十七円の定めで借受け昭和二十年頃この建物の所有権が吉五郎の孫岩崎房枝に移転したが、前記賃貸借関係はそのまゝ承継せられた。その後に賃料は一箇月金二百円と改訂せられたところ、原告は昭和二十三年二月右房枝より該建物の所有権を買受け、従前の賃貸条件のもとにそのまゝこれを被告安藤に賃貸した。

しかし右建物には被告坂元が、前所有者時代から、賃貸人の承諾なく被告安藤より該建物を転借し、これと同居していた事実が判明したので、原告は昭和二十三年八月十七日、被告安藤に対しいわゆる無断転貸を理由として本賃貸借契約を解除し、併せて自己使用の理由による該契約の解約申入れの各意思表示を書面を以てなし、右書面は、同月十八日、同被告方に到達した。よつて本契約は右無断転貸を理由とする解除の意思表示の結果消滅したのであるが、仮に右解除の効力が生じないものとしても、前示の如く同時になした解約の申入れに基き、同日より満六箇月の経過を以て、本賃貸借契約は終了した。

而して右解約申入れの正当なるゆえんは次の諸事実から明白である。

(1)  原告妻寿美の実母加藤真子は、中野区千代田町三十六番地多忠清方に同居しているが、同人方より明渡を迫られており、原告において引取り扶養するため、本件建物に居住せしめる必要がある。

(2)  原告妻の実父は目下立川の結核療養所に入院加療中であるが近く退院の予定であり、これはその病気の性質上間貸しを受けるのが甚だ困難であるので是非とも本件建物に同居せしめる必要がある。

(3)  現在高崎市に居住している原告の叔父玄巻徳雄とその二男三男を原告においてかねてから引取ることになつているが、被告等が本件家屋より退去しないので、その実現を得られない。

(4)  原告の現住所は、六畳、三畳、四畳半の三間しかなく、こゝに原告は妻子供二名、原告の実母以上四名の家族をかゝえ、同所で計理士の業を営むにあまりに狭過ぎる。

これに加うるに原告が中野簡易裁判所に被告等を相手方として家屋明渡の調停を申立てたが、被告安藤において適当な移転先を見付けなば本件家屋を明渡す旨宣明したので原告は自ら居住していた杉並区大宮前六丁目四百四十五番地所在家屋を訴外五十嵐きぬに売却し、その代金を以て、原告の現住の家屋を購入し、これを被告等に提供方申入れたが被告等は不適当として承諾せず、ために調停委員会が同家屋に臨み、適当なる家と認め被告等に妥協を勧めたが、種々遁辞をもうけて承諾せず、ついに同委員会から昭和二十三年十一月二十日、該建物に移転すると引換えに本家屋を明渡す旨の強制調停を受けたが、被告等において異議申立をなし該調停は借地借家調停法第二十四条に基いて失効した。かような事情も考慮すれば、原告の解約申入れは正当でありその効力を有すべきである。

しかるに被告等は依然として本件家屋を共同して不法に占有し借家人同盟なる看板をかゝげ、いわゆる「いやがらせ」戦術を以て、原告に対抗している。

而して本件家屋のいわゆる届出賃料は一箇月金二十七円であり数次の家賃修正に関する物価庁告示に基き昭和二十二年九月一日よりその二・五倍たる金六十七円五十銭、同二十二年九月一日より二・五倍の金百六十八円七十五銭、同二十四年六月一日より一・六倍の金二百七十円、昭和二十五年八月一日より金七百三十円五十銭(家屋の賃貸価格百九十五円、敷地五十五坪、坪当賃貸価格一円二十銭を基準とし昭和二十五年八月十五日物価庁告示第四七七号により算出した家賃額)がその適正賃料となつた。

よつて原告は被告等に対し各自本件建物の明渡しを求めると共に本賃貸借契約解除後たる昭和二十三年九月一日より右明渡済に至るまで前記適正賃料相当の損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。

なお被告等の主張事実中被告等の家族関係、被告安藤の被告坂元に対する転貸が無償である点を認めるが、その他の事実を否認する。と述べた。

被告等は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として次の通り述べた。

原告主張の事実中本件建物がもと岩崎吉五郎の所有に属し、被告安藤は原告主張の日これを右吉五郎より賃料一箇月金二十七円の定めで借り受け、その後右建物の所有権が吉五郎の孫岩崎房枝に移転し、右賃貸借関係の承継があつたが、賃料は一箇月金二百円に改訂された。原告がその主張の日に右建物の所有権を譲受け被告安藤に従前の条件で貸与したこと、該建物を現に被告等において占有していること、原告主張の日に被告安藤が原告より、その主張のような内容を有する書面を受領したこと、原告の職業が計理士であること、原告がその主張のような家族をようしていること、原告がその主張のような家屋明渡の調停の申立をなし、その調停委員会から原告主張のような内容を有する強制調停がなされ被告等において異議の申立をしたこと、本件建物にかつて借家人同盟なる看板が掲げられていたこと、右建物の適正賃料額並びにこれが算定基準に関する事実はいずれも認めるが、その他の事実を争う。被告坂元は、昭和二十一年四月被告安藤の次女と婚姻し、昭和二十二年七月二十一日から被告安藤より本件建物を無償で使用を許されるに至つたのであるが、原告は本件建物を買受後被告坂元の同居していることを知悉しながら被告安藤に対し賃料一箇月金二百円の定めで賃貸する旨を口頭で約し、且その後も引続き異議なく右賃料を受領していたので暗黙に前記転貸を承諾していたものと言える。

被告方において前記のような看板を掲げたのは本建物の前所有者たる岩崎房枝が本件建物を処分するとて被告等に立退きを迫り、果ては第三国人にこれを売却し、その買主が本件建物に荷物を押込むとの噂があつたので、これが対抗策を講じたものに過ぎず、被告坂元は、現に電気通信省の官吏で杉並電報局に勤務し、共産党員でもなく、またその同調者でなく、決して「いやがらせ」戦術などとるべくもない。

また調停委員会が本件建物と交換すべきことを命じた建物(原告の現住家屋)は、六畳、四畳半、三畳の三間で狭少であり建具も相当破損し、窓の柱は曲がり、床は落ち込み本件建物とは比較にならぬ程の悪条件であるので被告方は安藤被告の外、その長女被告坂元夫婦その子供二人、坂元の実弟一人の生活には甚だ不適当であるから右調停には応じられなかつたのである。

なお被告安藤は昭和二十三年九月分の賃料を原告に提供したが拒絶されたので同月分及びそれ以後の賃料として一箇月金二百円宛供託している。また被告方には現在坂元の実母が同居している。<立証省略>

三、理  由

原告主張の本件建物が原告の所有に属し、被告安藤がこれを原告より賃借していたこと、原告の前所有者当時、同被告が被告坂元に本件建物を無償で転貸し、これと同居している事実は当事者間に争いないし、また被告安藤義照訊問の結果によれば原告は本件建物に被告坂元の居住せることを知りながら、被告安藤に対し従前通り本件建物を賃貸することを承諾したり、異議なく、賃料を領收していたことが認められるから、他に特別の事情のない限り右転貸は原告において暗黙に承諾があつたものと言うの外なく、したがつて無断転貸を理由とする原告の本件賃貸借契約の解除の意思表示は無効である。

次に原告の昭和二十三年八月十七日附被告安藤に対し前記無断転貸を理由とする解除の意思表示とかねて自己使用に基く解約の申入の書面が翌十八日、同被告に到達したことは当事者間に争がないので、右解約申入れが正当の事由に基くかどうかについて審理する。

証人多忠清、同中野金次郎の各証言と原告本人訊問の結果を綜合すれば原告は、現在訴外多忠清方に同居し同人から立退きを迫られている原告の妻の実母や、立川結核療養所から近い内に退院する原告の妻の実父を引取らねばならぬこと、原告方は、その主張のように五人家族が現住家屋(六畳、四畳半、三畳)に生活している上、原告は計理士を業として、まだ資力上他に事務所を取得するに至らず、こゝをその営業所として使用するを余儀なくせられおり、その狭少のため家庭上、業務上甚だしい困難に直面している事実を認めることができる。他面被告方においては、成立に争のない乙第六号証や被告本人訊問の結果で認められるように、八畳二間、六畳、二畳各一間の本件建物において被告等主張の家族が居住しているが、被告安藤は無職であり、被告坂元は電気通信事務官として杉並電報局に勤務しているが、他に本件建物を必要とする格別の事情の主張立証もないので、以上の事情から、双方の本件建物に対する使用の必要度合を衡量してみると、原告においてまさり、従つて原告に本件解約につき正当事由あるものと一応肯けないのではないが、原告が本件家屋を買受けるに際し賃借人のあることを知つていたことは前項認定の通りであるので、かくの如く賃借人のあることを知りながら当該家屋を買受けた人は、時節柄明渡の困難であることを知悉しながら家屋所有者となり同時に賃貸人となつたものであるから、一般の賃貸人が、自己使用の必要が生じたゝめに、賃借人にその明渡を求める場合とは自ら異る待遇に甘んじなければならぬことも当然である。したがつて前記認定の事由のある場合には一般に解約申入れに正当事由ありと認定せられるとしても、本件の如く賃借人のあることを知つて買受けた原告の場合においては、右事情のみを以て直に原告に解約について正当事由ありとして、被告に退去を迫ることは到底ゆるされないものと言わねばならない。

しかしながら、成立に争のない甲第三号証乙第一号証原告本人訊問の結果によれば本件家屋明渡の調停事件において、被告等より適当な移転先を見付けなば、本件家屋を明渡す旨言明し、調停委員会よりの勧告もあつたので、原告は急遽中野区橋場町に家屋(原告が現住せる家屋)を探し、競争者が多かつたゝめに、直に手附金をおき、売買契約を締結した。而して調停委員会も現場に臨み該家屋を検証したところ、被告等の移転先としては適当であると認め、被告等に妥協を勧めたが応じなかつたので、右委員会は、ついに被告等は本件家屋を明渡して、右橋場町の家屋に移転すべき旨の強制調停を行つた。しかし被告等はこれに応ぜず、異議を申立てゝ今日に至つた。原告は止むなく、原告が当時所有していた杉並区大宮前六丁目所在建坪十坪の小家屋を他に売却し、その代金を以て右橋場町の家屋の買受代金の内に充て、自らこの家に居住するに至つた事実を認めることができる。

かように賃貸人において賃借人の移転先について、相当の考慮と犠牲を払い、しかも、その移転先が相当であると調停委員会にまで認定せられ(移転先が不相当であるとする被告安藤義照本人訊問の結果は信用しない)た事情を、さきに認定した原告の自己使用の必要な諸事情に併せて考案してみると、果して被告安藤に本件明渡を拒絶するに足る正当事由を有すると称し得ようか。被告方には前認定のように被告方の家族員数からみて他に移転するに或る程度の困難があることは推認できるが、これは一般借家人の被る家屋明渡に伴う通常の損害であり、他に被告方にその職業上或はその他の理由により本件家屋の使用を特別に必要とする格段の主張立証はないからである。

従つて当裁判所は本件原告の解約申入に正当の事由を認め得るのである。よつて右申入れのあつた昭和二十三年八月十八日より満六ケ月目にあたる昭和二十四年二月十七日の満了を以て、本件賃貸借契約は適法に解約せられたものと言うの外はない。

また被告坂元の本件転借は、前認定によれば結局賃貸人の承諾のある適法のものと言えるが、被告等の転貸借が無償のものであることは、当事者間に争いがないから、右転貸借が有償のものであることを前提とする(借家法の根本理念から見て)同法第四条の適用は、本件の場合には、ないものと言えるから、原告より被告坂元に対し被告安藤に対する賃貸借終了の事実を通知したと否とを問わず被告坂本も原告と被告安藤との間の賃貸借契約の終了により、これと同時に本件建物を使用する権原を失つたものと称すべきである。従つて被告等に対し本件建物の明渡しを求める原告のこの請求部分は正当である。

さらに原告は本訴において被告等に対し昭和二十三年九月一日より賃料相当の損害金の支払を請求しているが、前認定の如く昭和二十四年二月十七日までは被告等に本件建物の使用の権原があつたのであるから、それの使用を不法のものとし、損害金を請求するのは失当であることは勿論であるのみならず、被告安藤は昭和二十三年九月分の賃料を原告方に提供したが拒絶せられたゝめ、これを供託し以後、一箇月金二百円の割合による金員を賃料として供託していることは成立に争のない乙第四号証の一乃至十八、被告安藤本人訊問の結果により明瞭であるから昭和二十四年二月十七日までの本件建物の賃料は、右供託金の一部を以て弁済せられたと認められる。

しかし、被告等は各自昭和二十四年二月十八日以降本件建物明渡済に至るまで賃料相当とは言え、これと別個の性質を有する損害金として同額の金員を支払う義務があるから、従つて被告安藤の右賃料名義の供託を以てしては、右損害金としてこれに対する適法な弁済とはなり得ないことは勿論である。

而して本件建物のいわゆる届出賃料は一箇月金二十七円であり本件建物の賃貸価格敷地の坪数、同敷地一坪の賃貸価格については原告主張通りであることは当事者間に争いがないので、本件建物の適正賃料は、数次の家賃修正に関する物価庁告示に基き、昭和二十四年二月十八日より同年五月三十一日までは一箇月金百六十八円七十五銭、同年六月一日より同二十五年七月三十一日までは一箇月金二百七十円、同年八月一日より一箇月金七百三十円五十銭であるものと認定する。

よつて被告等に対し昭和二十四年二月十八日より明渡に至るまで各自右割合による損害金の支払を求める部分も正当であるから、これを認容すべきも、その他の損害金の支払を求める部分は失当であるから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 柳川真佐夫)

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